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東京高等裁判所 昭和51年(ネ)2042号 判決 1980年10月15日

第一九二七号事件控訴人

株式会社辰巳鋼業

右代表者

園川秩夫

第一九二七号事件控訴人

東京リネンサプライ株式会社

右代表者

河原好次

右両名訴訟代理人

三輪泰二

第二〇四二号事件控訴人

小田原信用金庫

右代表者代表

原元助

右訴訟代理人

青木逸郎

被控訴人

秋澤進

右訴訟代理人

宇津泰親

右訴訟復代理人

田邊紀男

被控訴人補助参加人

株式会株倉屋クリーニング商会

右代表者

斉藤弘

右訴訟代理人

池田輝孝

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用中参加によつて生じた部分は参加人の負担とし、その余の部分は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一請求原因第一項の事実(被控訴人が訴外会社に対し約束手形金債権を有すること)は当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すると、訴外会社は事実上倒産し支払能力のないことが認められ<る。>

二請求原因第二項及び第三項の事実(訴外会社が本件土地建物をもと所有していたこと、本件土地建物につき控訴人らがそれぞれ所有権登記、抵当権設定登記を有していること)は当事者間に争いがない。

三そこで控訴人らの抗弁について判断する。

(一)  まず被控訴人は、控訴人ら主張の代物弁済に関する抗弁は故意又は重大な過失により時機に遅れて提出された防禦方法であるから却下されるべきであると主張するが、本件記録に徴すれば、右抗弁の基礎となる具体的事実の主張はおおよそ原審ですでになされており、当審においてはその法律的構成を明確にしたものにすぎないことが明らかであるから、右主張は前提を欠き失当である。

(二)  <証拠>を総合すると次の事実を認定することができ、右斉藤供述中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らして採用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(1)  控訴人辰巳鋼業は建設機械等の製造販売を業とする会社であるが、クリーニング業を営む訴外会社の依頼により昭和四二年頃から手形割引などにより同会社に対し融資を続けたものであるが、昭和四六年ころからその額が殖えたため、昭和四七年三月一〇日訴外会社と右控訴人との間で、本件土地建物につき被担保債権を現在及び将来取引すべき継続的証書貸付、手形小切手取引等に基づく債権、元本極度額を一〇〇〇万円とする根抵当権設定契約を締結するとともに、右取引契約に基づく債務不履行を条件とする代物弁済契約を締結し、同年六月二三日右各登記(本件1の(1)、(2)の登記)手続を経由した。

(2)  右控訴人の訴外会社に対する融資の方法は、訴外会社がトキワ機械と互に交換した融通手形を割引くというものであるが、その際訴外会社の裏書を求めるのに代え、保証の趣旨で訴外会社振出しの右額面額相当の約束手形を差入れさせ、前記割引の割引料の利率は、その都度右控訴人において定めていたもので、日歩八銭ないし一三銭五厘であつた。

右の方法による手形融資の明細は別表記載のとおりである。右事実によると、利息天引(割引料の授受)が利息制限法所定の制限を超えていることは明らかであるから、その超過分は元本に充当されることになるが、たといそうだとしても本件1の(3)の登記の時点において元本債権が残存していることは、計算上明らかである(なお、引用の原判決事実摘示の被控訴人主張七のような事情を認めるに足る証拠はない)。

(3)  訴外会社は、控訴人辰巳鋼業の求めにより、昭和四七年九月一〇日、右控訴人が訴外会社に対し本件土地建物につき前記極度額一〇〇〇万円の根抵当権及び条件付代物弁済契約上の権利を有していることを確認し、更めて訴外会社の右控訴人に対する債務につき不履行があるときはその履行に代えて本件土地建物を譲渡し、右控訴人において自由にこれを第三者に譲渡することができる旨を約し、右約定に基づく所有権移転登記手続に必要な本件土地建物の登記済証、白紙委任状を交付し、その後印鑑証明書、資格証明のための訴外会社の登記簿抄本を追完交付した。控訴人辰巳鋼業が前記昭和四七年三月一〇日の契約に加えて更に右のような約束を取りつけて登記関係書類の交付を受けたのは、訴外会社が前の融資金を返済するために更に融資を求めるという状態となり、融資金の返済が難しくなつていたので、曩の条件付代物弁済契約上の権利を行使する場合に備える必要からであり、右約束当時いつでも右各書類を用いて代物弁済による本登記をなし得る事情にあつたが、税金その他の関係で右の挙に出ることを控えていたため、その間引続き前記のとおり融資を重ねることとなつたのである。

(4)  訴外会社とトキワ機械との間では、右控訴人から割引を受けたトキワ機械振出の手形は訴外会社において決済することになつており、訴外会社は、控訴人ら主張の訴外会社振出の手形のうち(1)の手形に対応する別表1ないし18のトキワ機械振出の手形までは決済したものの、前記のように資金繰りに窮した結果、昭和四八年六月八日以降訴外会社代表者の斉藤弘において所在を不明とし(右斉藤の所在不明の事実は当事者間に争いがない)、訴外会社による本件融資に係る手形の決済、すなわち、融資金の返済の不可能であることが明らかとなり、他方トキワ機械の経済状態も極度に悪化していたため(訴外会社は同年七月一七日、トキワ機械は同月一三日各銀行取引停止処分を受けた)、控訴人辰巳鋼業は訴外会社の全債務につき弁済期が到来したものとして(此の取扱いは、別表19以下のトキワ機械振出の手形について弁済の証拠がなく、前記のような訴外会社の銀行取引停止の事実からして、乙第三〇号証の第四条一、四号の趣旨に照らし、少くも右控訴人の後記売却処分当時においては肯認できるものとなつていたといえる)、前記のごとく訴外会社から受領していた登記済証、委任状等を用いて同年六月一五日に代物弁済を原因とする所有権移転登記を経由し(本件1の(3)の登記)、次いで同年七月二三日控訴人東京リネンサプライに代金計二二六〇万円で売却し、同年八月三日その旨の登記(本件2の(1)の登記)を経由し、控訴人東京リネンサプライは同日控訴人信用金庫から金三〇〇〇万円の融資を受け、同日抵当権を設定し、その旨の登記(本件2の(2)の登記)を経由した。

(5)  控訴人東京リネンサプライは前記のように登記を経由していた控訴人辰巳鋼業から本件土地建物を買受けるに当り、同業の誼の上から、右買受けを訴外会社に通じておこうと考え、訴外会社代表者の斉藤弘の潜伏先を訪ねて、同人に対し、控訴人辰巳鋼業から右物件を買受ける意向である旨告げたところ、当時控訴人辰巳鋼業の前記代物弁済による登記経由の事実を知つていた斉藤は、控訴人東京リネンサプライの右買受けに何ら異議を述べず、却つて、同控訴人が買受けるなら訴外会社の従業員をそのまま引継いで貰い度い旨及び養女夫婦の生活を頼む旨申入れたので、同控訴人は右買受けに何ら問題はないと信じて、前記のように本件物件を控訴人辰巳鋼業から買受けたのである。

(三)  以上の事実関係によると、控訴人辰巳鋼業の本件1の(3)の登記は本件1の(2)の仮登記に基づく本登記としてなされたものではないけれども、訴外会社と控訴人辰巳鋼業間の昭和四七年九月一〇日の本件停止条件付代物弁済契約は、仮登記をつけた昭和四七年三月一〇日の代物弁済に関する契約を確認する趣旨で更めてなされたもので、両者は一体のものと見るべきであり、いわゆる根仮登記担保契約であること明らかであるから、右控訴人がいわゆる帰属清算により本件土地建物の所有権を取得するためにはいわゆる清算手続を要するところ、本件においてはいまだ右清算が行なわれたことは記録上うかがわれないが、右清算手続がなされない場合であつても、債権者において代物弁済により目的物の所有権を取得したとして所有権移転の本登記をなした上その所有権を善意の第三者に譲渡して所有権移転登記がなされた後は、右第三者は目的物につき完全な所有権を取得するものと解するのが相当であるところ(最判昭和四六年五月二〇日第一小法廷判決判例時報六二八号二四頁、最判同五一年一〇月二一日第一小法廷判決金融法務八〇八号三一頁等参照)、本件においては前記認定のように訴外会社は控訴人辰巳鋼業に対し債務不履行があるときは代物弁済として所有権移転の本登記をなすことを承諾して、関係書類を交付し、同控訴人において右の代物弁済により右目的物の所有権を取得したとして右書類を用いて本登記を経由の上、控訴人東京リネンサプライに売渡し、その旨の登記がなされたものであり、前記売買代金額等の事情からみて控訴人東京リネンサプライは清算手続の有無については善意であると認められるから、控訴人辰巳鋼業が本件土地建物の所有権を一旦取得したか否かを問うまでもなく、訴外会社(ひいては代位権者たる被控訴人)は本件において清算金が存する場合に右清算金を請求するはともかく、もはや訴外会社に本件土地建物の所有権があることを前提にして、控訴人らに対して経由された各登記の抹消を求めることは許されないというべきである。

被控訴人は、訴外会社と控訴人辰巳鋼業との間の本件代物弁済に関する契約は代物弁済予約であるところ、同控訴人による予約完結の意思表示がないから、各登記は無効であると主張するが、前記認定のように訴外会社は代物弁済による所有権移転登記に必要な委任状等関係書類を予じめ右控訴人に交付していたのであるから、予約完結の意思表示を要しない契約であつたと認めるを相当とし、被控訴人の右主張は採用しない。

三よつて、被控訴人の本訴請求は理由がないところ、右判断と異なる原判決は不当であるからこれを取消し、被控訴人の請求をすべて棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九四条、九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(田中永司 宮崎啓一 岩井康倶)

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